雌阿寒岳に登ることにした。まだ登ったことのない山である。テントは張ったままにして、林道を走り、登山口まで。
針葉樹林の中を歩き始める。それほど良い眺めでもないが、エゾシカが樹皮を食べた跡が見られたりして、退屈はしない。
一時間歩くと、突然視界が開けた。荒々しい岩山が前方に見える。なんとも魅力的な、荒涼とした姿である。
あの険しい山肌を、どう登っていくのかと思っていたら、道は左に巻いていた。景色が、岩と砂礫だけの世界に変わっていく。
ほかに人の姿はほとんどない。たまに、ちらりと遠くに見えたりするだけだ。僕が北海道の山を好きな理由は、まず第一に、登山者が少ないということだ。信州あたりの有名な山など、登山道は長蛇の列だ。山に来てまで、人ごみなど見たくない。
どんどん荒涼とした光景になっていく。草木が一本もなくなる。だが地面を見ると、けっこうカラフルだ。赤、黄、茶、紫。四色の軽石や火山岩が、広大な世界を作り出している。
「小石がお菓子みたいだねー」
ふーすけが喜んでいる。こいつは景色よりも、いつも至近距離の、小さな世界に感動している。
山頂にたどり着くと、何組かの登山者がいた。外国人の青年が近寄ってきて、なぜかふーすけに写真を頼んできた。しかも素晴らしい眺めの火口ではなく、なんでもない道と空だけの背景で撮ってくれと指定してきた。出来上がった写真を見ても、どこで撮ったか分からないだろう。
「何か彼だけの特別なこだわりがあるのかしら?」
満足気に去っていった青年を見送りながら、ふーすけが首をかしげた。
火口に向けて降りていく。広い火口の中には、青沼という名前のまん丸の池ができている。その水の色が、素晴らしい碧色をしているのだ。
ガレ場となった斜面を駆け下る。ひょっとして、立ち入り禁止かもしれないが、特にそのような立て札もない。
噴火口の中に降り立った。火山性のガスが、風にあおられて時折流れてくる。
「ここは火星ですか?」
ふーすけが見えない誰かとしゃべっている。よくあることなので、放っておく。
しかし確かに感動的な光景である。いきなりここに連れてこられたら、どこか他の惑星に来てしまったのかと思うほどだ。
青沼を一周して、引き返す。しばらく留まっていたい気持ちが強かったが、長居すると本当に毒ガスにやられそうだ。
山頂の横手のほうに行く。ここもまた広大な光景が広がっている。二時間くらいで山頂までこられる、標高わずか1499mの山なのに、地上とは別世界だ。
イタドリの杖を突いて、ふーすけが歩いていく。不思議な世界の中を、不思議な生物が歩いていく。といった感じだ。
植物といえばコケくらいしか生えていないのに、キタキツネの糞が落ちている。ハンミョウなどの甲虫を食べているらしく、まるで宝石のように美しい。
一日、山で遊んで、テントに戻った。町で食料の買出しと風呂。夕食はもちろん、テントで自炊。今夜はラムしゃぶ。