トロねえ物語。第四話

真夜中の公園で

 

「カツオイケメンやな」「なんでやねん

という全く意味のない会話を一時間繰り返し、居酒屋を出ると、すでに大通りの交通量もずいぶんと減っていた。

横断歩道を渡りながら、トロねえは一杯のチューハイで酔ったように腕をふわふわさせて、横歩きでおいらを見て言ってきた。

「しかしカツオ、ブログの印象と違って話しやすいなあ。コメントなんかすごい真面目に返してるときあるやん?

今日も地球環境の話なんかずっとされたら、どないしよ思っとったわ。電話で三十分だけでも会えひんって言ったのも、わしアホやから話すことがなくて、まあ三十分が限度かな、っつー心配があったりして」

夜の街に笑い声を響かせているトロねえに、おいらはまた「なんでやねん」とツッコミを入れた。

まあ確かに環境問題に対してはブログの記事とかコメントでいろいろ書いているが、あとはそんなに真面目という記事でもないし、コメントなんかヤフーブログの中でもかなりクダケテルと思っているのに、トロねえのこの言葉といい、先ほどの電話のkingさんといい、人の印象は分からないものだなと思う。

 

「ほれ、カツオのに着いたで」

薄暗い小公園が見えると、トロねえは冗談を言って笑った。それからちょっと真面目に、

「ほんま、ウチのダンナがヒトミシリの硬いとこなかったらええんやけどな。悪いな」

と謝ってきた。旦那はこんな深夜でもまだ仕事中らしく、トロねえはこれから食事の用意をするらしい。

路肩駐車してあった車にキーを挿し、後部座席のドアを開けた途端、トロねえはまた急に笑い声を上げた。

「おっしゃ! じゃあ姉ちゃんが布団敷いてやるからな。ほれ、カツオ、寝えや。羽根布団も掛けたるわ」

「いや、俺、その前に小便したいんだけど」

「だったら早よ行ってきーな。見とったるわ」

道路と公園を隔てる低い柵をよじ登って越え、トロねえ監視下の元、公園の便所に入る。

冷え冷えとした空気の中で薄汚い便器に向かっていると、出るものもなかなか素直に出なかった。

「なんかちっとも出てこんわ」

長小便の男、と思われるのが嫌なので、そんなふうにごまかしてみる。

「昔な、シッポの生えとったとこ、こちょばかしてみい。すぐに出るで」

ほんの数メートルしか離れていない車道からの、トロねえの声が聞こえてくる。

昔シッポが生えていたところって何? と一瞬分からなかったが、たぶん尾てい骨のことだろう。

「ほれ、こちょばかしてみい。すぐやで。すぐにドバッと出るで。こちょばかしてみいや」

小便器に向かって立っているおいらの後ろ姿は、車道で騒いでいるトロねえから丸見えの角度だ。

「トロねえがうるさくて集中できんから、余計に出んわ!」

「こちょばかさんからや! やってみいや!」

しばらくそんなやり取りが続いて、トロねえが静かになってからやっと出た。

 

車に戻ると、またトロねえがうれしそうに笑った。

「ほれ、じゃあ布団掛けたるわ。わしのいっちゃん上等な羽毛布団や。あったかいでえ」

ズボンを脱いで、ユニクロのスパッツ姿になる。

「おっ、ちゃんとズボン脱ぐんかいな? オネショするなや。寝グソとかもせんでや。わしの布団やからな。

それよか、夢精とかもするなよカツオ」

「寝グソは姉ちゃんじゃないからせんと思うけど、夢精は分からんな」

応えて横になったおいらに、トロねえは羽毛布団を掛け、まるでスマキにするようにぐいぐいと押し付けてきた。

「じゃあ姉ちゃんの夢見て、夢精でもしとりーな! ほれほれ、早よ寝んかい!」

「ちょっと待て、そんなに頭から被せられたら苦しいやんけ!」

「ええんやええんや! ほれ! ここで朝まで寝とったらええんや! 目が覚めたら朝や!」

「く、苦しい。たすけ…」

「うひゃひゃひゃ! どや? あったかいか? ほれほれ!」

そうして騒いでいる二人のすぐ横を、犬の散歩のオヤジが黙って通過していった。

「あっ、今、犬の散歩のオヤジが通って行ったで」

「ほんまや! ひゃひゃっ。わしらんこと、どない思ったやろな。まるで夫婦喧嘩してダンナを追い出しとるとこみたいやんけ。『アンタここで寝とき!』ってな。わひゃひゃひゃひゃ!」

 

ネコのトロ。トロねえ写真提供。

深夜メール

 

トロねえが去っていって少ししたころ、携帯がメールを受信した音をポーンと立てた。

誰だと思って確かめると、アドレスからどうやらトロねえらしいことが分かった。

実はつい先ほどおいらのアドレスを教えたばかりである。

本文を見る。

夢精した? 笑

どんなメールやねん! と一人ツッコミをして、すぐに返信する。

『すでに三度ほど。(´∀`)』

するとまた着信。

『さすが若いな。('∞')y─┛~~ 寒くない?』

『暖かいがネコが恋しい』

『トロは姉ちゃんと寝るねん』

『ネ、ネコを…』

何度かくだらないやり取りをして、やっと本格的に寝る体勢に入る。

しかしなぜかどこからかカレーの臭いが漂ってくる。まさかと思ったが、トロねえの布団からだった。

「なんでやねん!」

おいらはまた一人ツッコミをした。