東京シャイン旅行 第五話

ステージから霧を噴き出し始めた貝塚公園を後にして、僕たちは駅前通りを歩き続けた。

駅前通りというか、もうすでに「駅前」でも何でもなく、大勢歩いていた人の姿も消えて、都会とはいえどこかひっそりとした空気の漂う通りだった。

高くても十階建て程度しかない、しかし密集して立ち並ぶビルの合間に、小規模の神社仏閣が散在している。

やがてそれらの中でも比較的大きな境内の神社が現れた。「鹿嶋神社」としてある。

「ここも初めて入る場所だわ」

シャインさんと僕は数段の石段を登り、高木に囲まれた境内の中で、視線を上げてぐるりと体を回した。

「なんだかここは全然雰囲気が違うわね」

決して密生しているわけではないのに、常緑の葉をつけて枝を広げている木々の下に立つと、まるで森にいるような気分がした。ここは小規模ながら、確かに「鎮守の森」だった。

「たったこれだけの木があるだけで、ここはもう完全に別世界だね」

僕もシャインさんに同意して、手水鉢に向かう。作法どおりに手と口を清めてから、社殿へと進む。

 

外観から予想していたよりも、社殿には奥行きがあった。内部の床は石張りになっていて、何か神事があるのか、古式な折りたたみ椅子が十二脚並べてある。

奥には木の階段があって、その上に本殿がある。いわば入れ子構造みたいな感じだ。

「こんなつくりの神社は初めて見たな」

「写真撮っていいものかしら?」

「いいんじゃないかな」

二人で携帯を構えているところに、参拝者が来た。黒いコートを着た恰幅のいい熟年紳士だ。

紳士は社殿の内部を撮影している僕たちに、何か文句がありそうな顔を見せて参拝を始めた。

僕たちはその場から離れて、社殿の外観を眺め、また携帯を構えた。僕はシャインさんの後ろ姿とともに社殿全体を撮影する。

すると、まだ参拝中だった紳士がくるりと振り向き、いきなり大声で怒鳴ってきた。

「人を入れて撮ってんじゃないよ!」

社殿の大きさからすれば人の大きさなど小さなものだし、黒いコートで影に入っているので、携帯の液晶では全く目立たず、「あれ? あんたまだいたの?」というくらいの存在だったのだ。

ところが紳士はあたかも自分をアップで撮られた気持ちになっているらしい。僕よりも前に立って携帯を構えていたシャインさんを、思い切り睨みつけながら近づいてきた。

「すみません。シャッター押してないですから。構えていただけですから」

シャインさんが謝っても、まだ気にくわなさそうに睨み続けている。

《へえー。あんなふうに怒る人がいるんだな》

僕はなんだか感心してしまい、怒りをあらわにしている紳士の顔を眺めた。

「あの、撮ってないですから。本当に、構えていたただけですから。ごめんなさい」

シャインさんがもう一度謝っても、ますます睨んでいる。何かよほど人に知られたくない悪事でも願掛けしていたに違いない。

《本当はおいらが撮ったんだけどな》

苦笑いになっている僕のほうに紳士は顔を向け、やはり睨みを利かせ、だがもう何も言わずに離れていった。

 

「あー、驚いた。あんなことであんなに怒鳴ってくる人がいるなんて」

紳士が去った後、シャインさんは呆気にとられたように言った。

「おいらは『へへっ。シャインさん、怒られてるよ』って、後ろで笑ってたけどね」

僕は冗談で応えた。「どうして助けてくれなかったのよ!」なんて怒ってくる女性もいるだろうが、シャインさんはそんなことなく、照れ笑いで返してきた。

あんな場合、昔の僕ならけっこう短気を起こして、「おっさん、そんな言い方ないだろ!」と怒鳴り返していたかもしれない。だけど女性連れのときに、格好をつけてそんな行動をすれば、その場は良くても後で災いが来る可能性がある。

「ほんとに、いくら立派な服装をしていても、あんな態度で人間のレベルが分かるわね。言い方ってあると思うの。『ふん。あんたなんて撮ってないのよ』って言ってあげればよかったかしら?」

シャインさんは後半は冗談になって笑い、頭上に広がる常緑樹を見上げた。

「ああ、でもきっとこれも思い出ね。カツオさんと初めて会った日、神社でオヤジに怒鳴られたわあって」

笑顔を向けてきたシャインさんに、僕は「そうだね」とうなずいた。