東京シャイン旅行 第七話

ブランコから降りて、僕たちは歩き始めた。

「すぐ近くにね、前、キムタクがドラマの撮影してたビルがあるんだけど、行ってみましょう」

シャインさんの言葉に従って、通りを左折する。

行く手にはひときわ立派なガラス張りの高層ビルが現れて、しかも同じようなのがいくつも建っている。

「あんなとこに行ったらおいら、キムタクと間違われちゃうよ」

と言おうと思ったが、いくら同じイケメン属とはいえキムタクとでは全然顔が違うし、いかにも馬鹿丸出しなセリフなのでやめておく。

一つのビルの中に入ると、そこは広いホールになっていて、いくつかのショップがあった。

休日だからなのか閑散としていて、なんだか何か途轍もなく巨大な虫の抜け殻みたいな雰囲気だ。

ちょうど十二時になって、仕掛け時計の音楽が鳴り響く。

いったい普段はどれだけの人が行きかっているのか分からない、今はうつろな空間に、時計は僕たちだけのために時を告げていた。

 

「十二時ね。どこでお昼食べましょう?」

「おいら、あの朝の喫茶店の近くの寿司屋がいいなあ」

「あら? ここにも何かお店があるわ。ちょっと見てみましょ」

仕掛け時計の真下へと登っていくエスカレーターの脇には小さな店があり、そこはどうやらイタリアンレストランだった。イタリアンと言っても、スパゲティとピザがメニューの主体だ。

「わあ。なんだかおいしそうじゃない? あの『海老の幸スパゲティー』なんかいいわ」

「シャインさん、『海老の幸』じゃなくて、『海の幸』って書いてあるんだけど…」

シャインさんはエビが大好物らしく、ブログでもしょっちゅうそれを宣言して、シャイン=エビとまで言い切っている人である。

これはいかにもな読み間違えだった。

「あら! 本当だわ。私ったら、いったいどれだけ海老が好きなんでしょうって話よね」

シャインさんは笑って、今度は横に立ててある看板を眺めた。

「昼食、珈琲とケーキがセットでついて1480円ですって。かなりお得よね」

僕にとって千円を超える昼食はけっこう高いと思うのだが、まあ確かにここの値段からすればそれはお得なセットだったし、わざわざ東京まで来て、シャインさんと会っているのに、それくらいをケチっていても仕方ない。それにショウケースの見本はずいぶん美味そうに見えるし、僕もここで昼食でいいかなと思えてきた。

「じゃあ、ここで食べちゃおうか?」

「そうね。そうしましょ。私、『海老の幸スパゲティー』すごく食べたくなっちゃったし」

「だから『海老の幸』じゃなくて、『海の幸』ね…」

「あらやだわ。私ったら、また同じこと言って間違えてるー。ぷぷー」

 

四組で満席になってしまうくらいの小さな店に入り、僕たちはボーイが注文を取りに来るのを待った。

ここでもシャインさんは「私はもう決めてるわ。『海老の幸スパゲティー』」と言って笑っていたが、実際注文するときにはちゃんと『海の幸』と言っていた。

僕が頼んだのは三種類のキノコのピザだ。見本ではかなり大きなピザだが、実物はどうだろうと心配していると、ほぼ見本通りのものが来た。シャインさんのスパゲティにはエビのほかに貝も入っていて、その貝殻で先ほどの貝塚を思い出してしまった。

けれど会話は貝塚を蒸し返すことなく、僕の小説『夏の翼』の話題になった。

「もうすごい感動だったわ。特にあそこから後なんて、もうほんとに登場人物たちの気持ちと同調しちゃって、苦しいくらい…」

シャインさんは熱心に僕の書いた物語の感想を言い、その物語を書いた僕に羨望の眼差しを向けてきた。

「『あなたのいる彼方へ』はどうだった?」

「あれこそもう! 滅茶苦茶に泣けたわ。ほんとに小説であんなに泣いたことなんてないの」

「シャインさん、感想とか宣伝とかブログの記事に書いてくれて、みんなコメントで『ぜひ読みたいです』なんて言ってるけどさ、そう言った人たち、誰も買ってくれてないんだよねえ…」

僕は日ごろ感じている不満を正直に言ってみた。

「あらあ、そうなの? どうしてかしら?」

シャインさんも残念そうな顔になる。

「でもどうにかして、一人でもたくさんの人に読んでもらいたいわよね」

「うん」

僕は短く応えた。「首根っこひっつかまえてでもそう言った人たちに読ませてよ」と言うのはやめておいた。