トロねえ物語。第三話

妖怪トロねえ

 

居酒屋に向かって夜の住宅地を歩きながら、トロねえは上機嫌だった。

「いや~、まさかホンマに会えるとはなあ。しかもいっきなし玄関のチャイム『ピンポーン!』やで。うひゃひゃ」

薄暗い住宅地を抜けると、車通りの多い車道に出る。

トロねえは黒い上着のポケットに手を突っ込んで、体をひょこひょこ上下させながら、おいらの顔をたまにチラ見してきた。

「だってカツオってな、実在してるかどうか分からんような感覚やねん。あんなすごい野宿とかしとるし、小説家やし、なんかな、ウチらにとってアイドルみたいな遠い存在って言ったらいいか、そういう感じやねん」

トロねえの言葉に噴き出しながら、そういえば以前会ったギャハハ女、かえるも同じようなことを言っていたのを思い出した。

だがアイドルと言うなら、トロねえのほうがそうじゃないかと思う。

ヤフーのブログランキングで、ずっと一位を独占していたブロガーである。

今も一つ記事を書けば、あっという間に何十人という人間からのコメントが入る。

 

「ここでええか?」と入ったのは、赤のれんをぶら下げた小さな焼き鳥屋だった。

数人掛けのカウンターとテーブル席が三つだけで、おいらたちは空いていた真ん中のテーブルについた。

二人ともビールが好きではないので、トロねえはチューハイ、おいらは冷酒をたのむ。

冷酒のことを「ひやざけ」と言って注文したが、店員は聞き返さずに去っていった。

「うひゃひゃ。ひやざけって何や? カツオおもろいな。いや、でもほんとイケメンや! 

写真とかより全然若いし男前やで! あー、もうほんまイケメンや! ちょい、写真撮ってエエか?」

携帯を向けてきたので、わざとにたりと怪しい笑顔をしてやる。

トロねえはシャッターを切って喜んだ。

「ほら! ええ顔で写っとるわ! わし写真上手やろ? しっかしイケメンやなあ!」

店中聞こえるのに必要な大きさの三倍の声で、こうイケメンイケメンと連呼されては、いくらおいらでも恥ずかしくなってくる。

そのくせやはりトロねえは顔をまともに向けていない。

「イケメンとか言うとるわりには、さっきから全然見とらんやんけ」

こっちも大阪弁で返す。毎週「探偵ナイトスクープ」を見ているので、大阪弁は耳にこびりついているのだ。

「いやー、だって恥ずかしいやんなあ。もともとちょい照れ屋やねんけど、カツオがすごいイケメンやから。

よけいに照れてまともに見られへんわ。でもほんまイケメンやで」

トロねえは鏡像反転した鬼太郎みたいに、左目だけを髪から覗かせ、視線をあらぬ方に向けて言ってきた。

なんだかだんだんトロねえが、「イケメン」と鳴く妖怪に見えてくる。

 

 

ブロ友との会話

 

「しかしカツオ、想像しとったよりめっちゃしゃべりやすいな。もっと硬そうなイメージあったわ。

あ、そうや。メリちゃんに電話したろ。明日会えるとええもんなあ」

トロねえは同じく大阪在住ブロ友のメリーさんに電話を掛けて、カツオが来ているから会おうと繰り返した。

メリーさんは一人息子のたーくんが熱を出し看病しなければならないから、残念だが来られないと応えているようだった。

「え? なんとかならひんの? たーくんには睡眠薬とか飲ませてな、寝ててもらったらええやん。ひゃひゃひゃ」

なんとも無茶を言っている。

普通の人間が言えば常識を疑われそうな発言だが、トロねえが言うとなぜか単なる笑いネタだ。

おいらもメリーさんと会話をする。想像通りのちょっとおっとりしたような可愛い声だ。

「なんかな、ん中に住んでそうな、魔法使いそうな雰囲気の人やねん」

会話中のおいらにかまわずトロねえがしゃべってくる。そうしてまた

「眠り薬でも飲ましたったらええのに」とか一人で言って笑っている。

メリーさんとの電話が終わると、kingさんからの着信が鳴った。

先ほどからkingさんは何度もメールをよこしたり、電話を鳴らしているのだが、トロねえからずっと無視されていたらしい。

「今度は出たろか。もう気になってしゃーないみたいやねん。カツオも話したりーな」

トロねえのあとに代わって会話する。

kingさんはアバターの雰囲気や記事から想像すると、暑むさくるしいエロオヤジで、声を聞いただけで想像妊娠しそうな男だと思っていたのだが、実際の声は爽やかで、若々しく、可愛いと言ってもいいくらいの雰囲気だった。

「いやー、ほんま楽しいなあ」

トロねえは一口飲んだだけのチューハイで顔を赤くして、おいらが返した電話を畳みながら同意を求めるように笑いかけてきたが、それでもやはり視線だけは微妙にずれていた。

「ちゃんと人の目を見て話さんか、このボケー!」と叱ってやりたくなる態度だが、なんだかおいらにも奇妙にトロねえの照れがうつって、あいまいにうなずくことさえできなかった。