トロねえ物語。第七話

お好み焼きも焼きそばも、めちゃおいしー!

ケツオのくせに

 

お好み焼きとサービスの焼きそばが焼きあがると、るいさんはおいらの隣に腰を下ろした。

「私な、さっきトロちゃんから電話もらって、大急ぎでブログに記事アップしたんよ」

トロねえのがさつな大阪弁と違って、るいさんのは可愛らしさがある。

「んでな、あわてとったから、カツオさんのこと、『ケツオ』って打ち間違えちゃったんよお」

言ってけらけらと笑う姿に、またうっとりとするおいら。

通常なら、ふざけんじゃねえ! と腹を立てるようなことでも、こんなふうに美人から無邪気に打ち明けられたら、あっさりと許してしまえるものである。

るいさんの携帯電話で、その記事を見せてもらう。

ちなみに今は以前のブログは放置状態で、新しく立ち上げたブログで、名前もけぃと言っているようだ。 

――今、トロちゃんから電話があって、長野からケツオ…じゃなかった(慌てて間違えた)カツオさんが来てるから―― 

トロねえもその画面を見て大笑いだ。

「これ、絶対わざとやろ!? こんだけ後に打つ時間あったら、一字訂正したほうが早いやん。

しかもカの次のキくらいなら分かるけど、なんでまで行くねん!」

確かにおいらもこれには故意を感じたが、そこにはむしろ、るいさんのおいらに対する好意が感じられた。

「るいさん、あなたのためにこのケツオ、大阪にやってきました」

もうカツオだろうがケツオだろうが、メロメロである。

「ぶっ! ウソこくなや。仕事ついでに立ち寄っただけやんか」

トロねえが茶化してきたが、るいさんもおいらを見つめ返して、甘い声で囁いてきた。

「私のケツオ。うれしいわ」

「今度はあなただけのために大阪に来ます。トロねえなんかにはナイショで」

「会いに来て、ケツオ。二人だけで会いましょ。トロちゃんなんか放っておいて」

の言葉を交わす二人の横で、トロねえが毒舌を吐いた。

「けっ、ケツオのくせに、どんだけ鼻の下伸ばしとんねん。ケツオや。これからはずっとケツオでおれ!」

  

2009.12.18。こむぎにて。

シモネタ炸裂

 

子供の学校で懇談会があるというるいさんは、いったん店を離れることになった。

「二人で店番しててくれへん? どーせべつに行くとこもないんやろ?」

るいさんの言葉にトロねえは「まあな」と答え、おいらは激しくうなずいた。

店を出てしまえば、るいさんともこのままお別れになってしまう。

二人で留守番をしている間、今度は北海道のモコに電話しようとトロねえが提案してきた。

「モコな、ぜんっぜんブログの雰囲気と違うで。まるっきり清純派アイドルみたいな、女らし~いしゃべり方やねん。

わしらみたく、アホ丸出しなしゃべり方とはちゃうねん」

わしら、とは自分以外に誰のことやねんと思いながら、電話を掛けるトロねえを眺める。

「あ、もしもしモコ? 今カツオが大阪来とるんやんかいさあ。ほんで電話掛けたろ思ってな」

電話の向こうでしばらくモコは躊躇していたようだが、決心したらしく、電話を渡された。

「カツオちゃん? どうも、こんにちは。モコです…。あは」

なるほど驚くべきアイドル声だった。

ブログやコメントの印象から、ツンツンしているような女を想像していたのだが、まるで違う。

そのことを本人に言うと、

「カツオちゃんも全然違う~。もっと低いオジサン声で、代わった途端に怒られるかと思ってたあ」

と返ってきた。ブログの記事でもコメントでも紳士で優しいおいらが、なぜいきなり電話で怒る必要があるというのか。

そういえばかつて、おいらの小説を途中読みで反発した意見を言ってきたモコに対し、人生の道義を延々と説いたことがある。

それをいまだに気にしているのかもしれない。

もっともさらりと読み流して、普通に「面白かった」と言ってくるだけの読者よりも、そんなふうに真剣にぶつかってくる読者のほうが、作者としてはずっとうれしい存在だ。

そして完読した後は改心して、すっかりおいらの小説ファンになったモコである。

 

モコと数分話しているだけの間に、トロねえはいきなり「寒い…」と言い出して、ダウンジャケットを羽織り、テーブルに突っ伏して寝てしまった。いびきをかいてヨダレでもたらすかと思ったが、寝顔になるとけっこう可愛い雰囲気がある。 

電話を切るとトロねえは何事もなかったかのように起きだして、またアホ話を始めた。

やがてるいさんも帰ってきて、再びおいらの隣に座り、

「るいさん、おんぶしてー」

「んーん。抱っこしてあげる」

というバカップル的な会話が続く。

すると二人の仲に妬いたのか、トロねえが口をとがらせて言ってきた。

「ふん。わひだってな、職場じゃモテモテなんじゃ! この前なんか一緒に現場回っとる若い子からな、『僕、トロ姉さんのことが好きすぎて、毎日トロ姉さんのこと思いながらティンコいじりしてますねん』って打ち明けられたんぞ。チンコやなくてティンコってとこに、まだ若い奥ゆかしさ感じひんか? どや? 年下からそんだけ思われるってのは? 毎日わしのこと考えてティンコいじっとる青年がおるくらい、わしがモテるってことじゃあ~!」

いったい自慢になるのか疑わしいが、トロねえは鼻息も荒くマクシタテてきた。

するとるいさんはあっさりとうなずいて話を合わせた。

「私もまあ、勝手に想像されるのはいいかな?」

こんなことを平然と言うあたり、以前のブログでエロるいと呼ばれていたのは伊達でないようだ。

「オカズにティンコいじりされるんは、全然かまわんわなー」

トロねえがガハハと笑って続ける。

「でもひつこそうなエロジジイに想像されるのは嫌やわ」

「あっ、それは私も嫌や」

「おまえが気持ちよくなれば、わしはそれでええんや~。みたいな感じでひつこそうなんはな」

「あ、でもただ寝てればいいだけだから、それはそれでかも。それともモーの恰好とかさせられるんかな?」

想像なのか実際の相手にするのか、なんだか分からない話に変わってきている。

「カツオならええで。わしを想像してティンコいじりしとっても」

「私もケツオならうれしいわ。想像してくれるだけでもありがたいわー、みたいなー」

「そやな。イケメンならありがたいな。わひゃひゃひゃひゃ!」

この二人相手には、普段シモネタ話などいっさいしないおいらも、多少の相手をしないわけにはいかなかった。

なんというかシモネタにありがちな淫靡な感じがまるでなく、むしろあっけらかんと爽やかなのである。

「ほいじゃおいら、偶数日にはトロねえで、奇数日にはるいさんでティンコいじりするわ。

だから31日まである月は二日連続でるいさんだから、うれしいねん」

「うれしいわあ、ケツオ」

「姉ちゃんのほうがデカいでぇ、カツオ」

 

結局夕方近くまでシモネタ話は続き、店の開店準備をする時間になってしまった。

店を出る前にトロねえがトイレに入って、飲んだ分をおそらくのように放出している中、るいさんとおいらは向かい合って最後の別れを惜しんでいた。

「また来てね、ケツオ。今日は会えてとてもうれしかった。今度は直接ここに来てね」

るいさんの目は真剣で、おいらはそれまでみたいに軽く冗談を言えず、奇妙にドキドキして微笑み返すのが精一杯だった。

店を出て車に乗った二人を、るいさんは店の外に出てきて見送ってくれた。

走り出しても手を振ってくれているるいさんに見とれて、危うく路肩駐車の車にぶつかるところだった。